「折れず、曲がらず、よく切れる」——そう評された名工の技は、実は一度、歴史から消えかけたことがあります。岐阜県関市で作られる「関刃物」。ドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並び「世界三大刃物産地」と呼ばれるこの町は、鎌倉時代の刀鍛冶から始まり、廃刀令という最大の危機を乗り越え、今では国内の家庭用刃物の半分以上を作る一大産地へと成長しました。そして意外なことに、その技術はアメリカの人気マルチツールブランドの誕生にも一役買っています。この記事では、関刃物の800年の物語を、事実確認済みの情報でたどります。
起源|鎌倉時代、刀祖・元重から始まった800年の物語
関の刃物づくりの発祥は鎌倉時代にさかのぼります。刀祖と呼ばれる「元重」が関に移り住み、鍛刀を始めたのが始まりとされています。移住元については九州、あるいは伯耆国(現在の鳥取県)からという2つの説があり、資料によって表記が分かれています。関市内に残る「刀祖元重の碑」には、寛喜元年(1229年)に伯耆国檜原から移り住んだと記されています(関市役所公式サイトより)。
関がこの地を選んだ理由には、良質な松炭・焼刃土が採れたことに加え、長良川と津保川という水運に恵まれた立地条件があったといわれています(OKB総研レポートより)。
大きな転機となったのが、元重の子・金重の代です。金重は61歳という高齢で鎌倉の名工・正宗に弟子入りし、志津三郎兼氏を伴って関へ帰郷しました。この出来事が、関鍛冶が本格的に発展していくきっかけになったとされています(岐阜県データベースより)。
そして室町末期、2代目・孫六兼元が登場します。「関の孫六」の名で知られるこの刀工は、和泉守兼定と並んで江戸期の刀剣格付けで最高位「最上大業物」に選ばれました。孫六兼元が編み出した「四方詰め」という鍛刀法——軟らかい芯鉄を、硬く粘りのある皮鉄で包み込む技法——こそが、「折れず、曲がらず、よく切れる」という関の刀の評価の由来になっています(Wikipedia「孫六兼元」、刀剣ワールドより)。
苦難の時代|刀の需要が消えた日

※画像はイメージです。
華々しい刀剣の歴史を持つ関ですが、決して順風満帆だったわけではありません。江戸時代中期の元禄期(1688〜1704年頃)、世の中が安定するにつれて日本刀の需要は徐々に減少していきます。多くの刀匠がこの時期、小刀・包丁・ハサミといった生活刃物の製造へと転向しました(貝印公式サイトより)。
そして最大の危機が訪れます。明治9年(1876年)の廃刀令です。帯刀そのものが禁止されたことで、刀剣の需要は事実上消滅しました。刀鍛冶の大半は、欧米から伝わったポケットナイフの生産など、家庭用刃物づくりへと大きく舵を切らざるを得ませんでした(刀剣ワールドより)。
大正3年(1914年)に始まった第一次世界大戦では、軍需や輸出の拡大で一時的に持ち直しますが、戦後恐慌によって輸出が激減し、再び転業者が続出したといいます(刀剣ワールドより)。現代においても、後継者不足は関を含む多くの伝統産業に共通する課題として指摘されています。それでも関の刃物づくりが途絶えなかったのは、刀鍛冶として培われた技術そのものが、時代を超えて価値を持ち続けたからだといえるでしょう。
世界に認められたきっかけ
関の刃物が世界的な評価を得るまでには、いくつかの転機がありました。明治27年(1894年)の日清戦争前後から軍刀の需要が増え、輸出が本格的に拡大していきます(井元産業より)。
近年でも節目となる出来事が続いています。2002年には、関の刃物メーカー・スミカマの商品が、ドイツで開催される国際見本市「アンビエンテ」でDESIGN PLUS賞を受賞しました。2016年には、ニッケン刃物の「日本刀はさみ」が観光庁主催「おみやげグランプリ」のグッズ部門でグランプリを受賞しています(刀剣ワールドより)。こうした積み重ねを経て、現在では生産品の約4分の1が海外に輸出される、世界的な刃物産地へと成長しました。
堺・燕三条との違い|なぜ関は「世界三大」なのか
日本には関のほかにも、堺(大阪府)・燕三条(新潟県)という有力な刃物産地があります。それぞれ得意分野が異なります。
| 産地 | 都道府県 | 特徴 |
|---|---|---|
| 堺打刃物 | 大阪府 | 片刃包丁が主体。鍛冶・研ぎ・柄付けの分業制。詳しくは堺打刃物の記事で解説しています |
| 燕三条 | 新潟県 | 洋食器なども含む金属加工全般に強み |
| 関刃物 | 岐阜県 | 家庭用の両刃包丁が主体。全国一の生産量 |
そして関には、堺・燕三条にはないもう1つの肩書きがあります。それが「世界三大刃物産地(3S)」です。ドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並んでこう呼ばれており、共通する条件として、良質な鉄・炭が採れること、河川など水運に恵まれていること、長い伝統技術が蓄積されていることの3つが挙げられています(天研工業より)。ただし、この呼称は主に日本国内の観光・業界サイトで使われている表現であり、海外の公式な格付け機関による認定ではない点は押さえておきたいところです。
現在の関刃物|国内シェアと世界への輸出
関刃物の実力は、数字にも表れています。業界資料によると、家庭用刃物類の出荷額における全国シェアは55%前後とされており、国内で作られる家庭用刃物の半分以上が関産という計算になります(刀剣ワールドより)。
輸出も好調です。令和4年度の輸出額は約117億円で、出荷額の約25%を占めています。輸出先の内訳(2024年)は北米が約40%、アジアが約25%で、品目別ではナイフ類が約40%、剃刀・替刃が約30%を占めています(関市の工業統計、岐阜新聞より)。
プロからの評価と、一般ユーザーの口コミ
関を代表するブランドの1つが、貝印の「関孫六」シリーズです。マイベストをはじめとする比較サイトでは「プロにも評判が高い」「切れ味とコストパフォーマンスの良さで人気」として繰り返し紹介されています(マイベストより)。実際に現役の料理人が忖度なしで切れ味をレビューしている動画もあるので、気になる方はこちらの動画も参考にしてみてください。
関にはもう1つ、意外な老舗があります。1932年創業の「フェザー安全剃刀」です。貝印と並ぶ日本の安全剃刀製造の草分けで、関市の工場には、日本で唯一の剃刀専門博物館「フェザーミュージアム」(2000年開設)が併設されています(関の工場参観日より)。包丁だけでなく、こうした生活に根差した刃物文化の厚みも、関の特徴の1つです。
海外との意外なつながり|三星刃物とアメリカン・マルチツールの祖

※画像はイメージです。
関の刃物技術は、遠く離れたアメリカのアウトドアシーンともつながっています。世界的なマルチツールブランド「Leatherman(レザーマン)」の創業者、ティム・レザーマン氏が、関市の三星刃物と提携していたことをご存知でしょうか。1983〜85年頃、レザーマンのナイフ部分と最終工程は関市の三星刃物で製造され、アメリカ・ポートランドへ出荷されていました。この関係を土台に、1986年にはティム氏の出資により「レザーマンツールジャパン株式会社」が設立されています(三星刃物公式サイトより)。世界中のアウトドア愛好家に使われているあのマルチツールの原点に、関の職人技が関わっていたというのは、意外と知られていないエピソードです。
もう1つ、ミラノでの協業例もあります。26代藤原兼房が、スイス人インテリアデザイナーのパトリック・レイモン氏と、岐阜県・関市主催の「ミラノサローネ CASA GIFU II」で協働した実績が伝えられています(刀剣ワールドより)。伝統工芸の技術が、海外のデザイナーとの協業を通じて新しい形で発信されている一例です。
動画で見る関刃物
関の刃物づくりの様子は、動画で見るとより伝わりやすいものです。実在するチャンネルの中から選りすぐりを紹介します。
厳かに打ち初め式|関鍛冶伝承館
出典:読売新聞オンライン|関鍛冶伝承館で毎年行われる新年恒例「打ち初め式」の古式鍛錬を報じたニュース映像です
最高の包丁、納品2年待ち|切れ味追求、岐阜・関の職人
出典:共同通信 KYODO NEWS|受注から納品まで2年待ちという、関の職人による切れ味追求の姿勢を伝える報道映像です
あわせて見ておきたい動画
- 関鍛冶伝承館 日本刀の魅力(2010Network)|館内展示と古式鍛錬実演の紹介
- 世界に誇れる日本の刃物工場に潜入したらすごかった(フルナビゲーション)|工場の製造工程レポート
- 料理人に忖度なしで包丁をレビューしてもらった結果【関孫六 要】(貝印の切れ味チャンネル)|プロ料理人による実機レビュー
- 【職人インタビュー】包丁を造る。関市の刃物職人による研磨の追求(コパ・コーポレーション)|研磨技術への職人のこだわり
- 大嶋雲八が巡る関市刃物まつり(関市公式)|刃物まつりの紹介PR動画
よくある質問
関刃物とはどんな伝統工芸ですか?
岐阜県関市で作られる刃物の総称です。堺(大阪府)・燕三条(新潟県)と並ぶ日本三大刃物産地の1つであり、ドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並ぶ「世界三大刃物産地」とも呼ばれています。鎌倉時代の刀鍛冶にルーツを持ち、現在は国内の家庭用刃物生産で高いシェアを誇ります。
関刃物はなぜ「世界三大刃物産地」と呼ばれるのですか?
良質な鉄・炭、水運に恵まれた立地、長い伝統技術の蓄積という3条件が、ドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと共通していることから、日本国内でこう呼ばれています。ただし、海外の公式な格付け機関による認定ではなく、国内の観光・業界サイトを中心に使われている呼称です。
堺・燕三条の刃物と何が違いますか?
堺打刃物は片刃包丁が主体で分業制による製造が特徴、燕三条は洋食器なども含む金属加工全般に強みがあります。一方、関刃物は家庭用の両刃包丁が主体で、全国一の生産量を誇ります。刀鍛冶由来の技術を家庭用刃物に応用してきた点が特色です。
関刃物の国内シェアはどのくらいですか?
資料によって差はありますが、家庭用刃物類の出荷額で全国シェア55%前後とする業界資料があります。輸出額は令和4年度で約117億円、出荷額の約25%を占め、生産品の約4分の1が海外に輸出されています。
関刃物はどこで購入できますか?
貝印「関孫六」シリーズなど大手ブランドは全国の量販店・オンラインショップで購入できます。三星刃物・長谷川刃物・関兼次刃物といった老舗メーカーも、それぞれ公式オンラインショップや楽天市場などで販売しています。
代表的な老舗・購入方法
関には、貝印「関孫六」シリーズのほか、Leathermanとの縁で知られる三星刃物、フェザー安全剃刀、長谷川刃物、関兼次刃物など、多くの老舗ブランドがあります。それぞれ公式オンラインショップや楽天市場などで購入できます。
関市のふるさと納税返礼品としても、関孫六シリーズが取り扱われています。オールステンレスの「匠創」三徳・ペティ2本セットなど、贈り物にも使いやすいセットが用意されています。
まとめ
関刃物は、鎌倉時代の刀鍛冶から始まり、廃刀令という最大の危機を乗り越えて、世界三大刃物産地と呼ばれるまでに成長した、まさに「逆転劇」の産地です。国内シェア55%という圧倒的な実力を持ちながら、アメリカのLeathermanとの意外なつながりのように、まだあまり知られていないエピソードも数多く残されています。次の一本を選ぶなら、関の老舗ブランドをぜひチェックしてみてください。


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